韓国社会において、ミレニアル世代(1980年代前半~1990年代前半生まれ)とZ世代(1990年代半ば~2010年代前半生まれ)を合わせた「MZ世代」が消費市場の主役として急速に台頭しています。この世代は韓国の消費市場に大きな影響力を持ち、その多くがソウル首都圏に集中していることから、市場への影響力は計り知れません。
特に注目すべきは、韓国MZ世代の間で広がる「推し消費」現象です。推し消費とは、自分が心から応援したい対象(「推し」)のために惜しみなく時間とお金を投資する消費行動を指します。この現象は単なる一時的なトレンドではなく、ファンダム(特定の人物や分野の熱心なファンコミュニティ)を中心とした新たな経済圏「ファンダムエコノミー」を形成しています。
「かつてファンダムとは、特定の人や分野を熱烈に好きになった人々によって形成されたコミュニティの役割でした。しかし最近では、BTSやBLACKPINKなどのK-POPスターを中心にファン層が拡大するにつれ、これらの『ファンダム』が文化的影響を超えて経済的影響力を発揮することを私たちは『ファンダム経済』と捉えています」と韓国のマーケティング専門家は指摘しています。出典:KORIT
本記事では、韓国MZ世代の推し消費現象を多角的に分析し、この新たな経済圏がもたらす市場変化と、日本企業が韓国市場に参入する際の戦略について詳しく解説します。
MZ世代を理解する:デジタルネイティブの価値観と消費行動
MZ世代の基本特性
韓国のMZ世代は全人口の大きな割合を占める最大の人口集団の一つです。彼らの多くがソウル首都圏に居住しており、韓国の消費市場に大きな影響を与えています。
韓国のMZ世代は以下のような特徴を持っています:
- デジタルネイティブ:生まれた時からデジタル環境に囲まれ、テクノロジーに精通しています。
- 自己中心的価値観:「YOLO(You Only Live Once)」の精神を体現し、個人の幸福を優先します。
- 多様性の受容:社会の多様性を受け入れ、異なる価値観や文化に対してオープンです。
- 社会的意識の高さ:環境問題や社会正義に関心が高く、自分の信念に基づいた消費行動をとります。
韓国のMZ世代は、個人的な価値観を大切にし、自分自身の信念に従って消費する傾向があります。ブランド、品質、デザイン、実用性など、人によって重視する点は異なりますが、共通しているのは『自分らしさ』を表現する手段として消費を位置づけていることです。
変化する消費行動の特徴
韓国MZ世代の消費行動には、以下のような特徴的なパターンが見られます:
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「ミーニングアウト」消費:社会的価値や意味を重視した消費。環境に配慮した製品や社会貢献につながる商品への支持が高まっています。
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「フレックス(Flex)」消費:自分の存在や価値を示すための消費。高級品や限定品への投資を惜しまない傾向があります。
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「ヅャンテク(jjantech)」消費:物価上昇に対応した賢い節約消費。コストパフォーマンスを重視し、モバイルアプリの報酬やクーポンを活用する傾向があります。
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「感情」中心の消費:製品の機能性よりも、そこから得られる感情体験や共感を重視します。
韓国のMZ世代は、『1人で楽しむ』『自分だけの特別感』を大切にする傾向があり、少量・高品質・写真映えがキーワードです。また、カフェ文化がライフスタイルの一部となっており、味+雰囲気+世界観で支持される時代なのです。
韓国ファンダムエコノミーの実態と市場規模
ファンダムエコノミーの定義と発展
ファンダムエコノミーとは、特定の人物や分野のファンによる消費活動が生み出す経済圏を指します。
韓国では1990年代後半の第一世代K-POPアイドルH.O.Tの登場から始まり、2000年代初頭には東方神起のファンクラブ「カシオペア」が80万人を超えるなど、ファンダム文化が急速に発展しました。
今日のファンダムエコノミーは、K-POPアイドルを中心に、スポーツ、ゲーム、YouTubeクリエイターなど多様な分野に拡大しています。特にBTSのファンダム「ARMY」は、国境を越えた影響力を持ち、消費市場だけでなく社会活動や文化形成にも大きな役割を果たしています。
2020年9月、全世界が新型コロナウイルスにより、オフライン公演を中止する中、BTSはWeverse(ウィーバース)というファンプラットフォームで『BANG BANG CON The Live』という名前のオンライン公演を行いました。この公演は107か国75万人が同時に視聴し、約220億ウォン(約22億円)の売り上げを記録しました。そして、それだけではありません。BTSが広告をする製品は完売はもちろん、企業の株価までも動かすのです。
市場規模と経済的影響
韓国のファンダムエコノミーの市場規模は正確な把握が難しいものの、ある証券会社のレポートによると、2020年時点でアイドルファンダム経済だけで約7.9兆ウォン(約8,100億円)に達すると推計されています。これは韓国のエンターテイメント産業全体に大きな影響を与える規模です。
さらに、日本においても推し活市場は急速に拡大しており、2025年の調査では推し活人口が前年比250万人増の約1,384万人、市場規模は約3.5兆円に達していることが報告されています。これは韓国のファンダムエコノミーと日本の推し活市場が相互に影響し合いながら拡大していることを示しています。
「推し活に1年間でかけた金額を聞いたところ、平均1人あたり255,035円という結果になりました。この1人あたりの推し活出費額と推し活人口から、日本の15歳~69歳男女が1年間で推し活に使う費用を算出すると、約3兆5千億円という結果に」出典:CDG推し活総研
「推し消費」の具体的事例:K-POPから日常消費まで
K-POPアイドルへの推し消費は、ファンダムエコノミーの中核を成しています。
具体的な消費行動として以下が挙げられます:
- 公式グッズ・アルバム購入:複数購入によるトレーディングカード収集
- オンライン・オフラインコンサートへの参加:チケット購入、遠征費用
- ストリーミングサービスの利用:音楽配信プラットフォーム会員登録
- ファンミーティング参加:イベントチケット、関連グッズ購入
- 協賛広告・誕生日広告:ファンの自発的な宣伝活動
彼らは単に音楽を聴くためにCDを購入しません。好きな歌手と関連した物を集めて、これらの経験をコミュニティに共有する『ディギング(digging)』消費をしているのです。
日常生活に浸透する推し消費
推し消費はK-POPに限らず、日常生活のあらゆる側面に広がっています:
- コラボレーション商品:BTSとサムスン電子のコラボレーションGalaxyS20+限定版は発売後わずか数分で完売
- フード・飲料業界:アイドルがプロモーションする飲食店や商品への消費
- 美容・ファッション:アイドルの使用する化粧品や着用アイテムの爆発的人気
- デジタルコンテンツ:Weverseのような専用プラットフォームでの継続的消費
- ノスタルジア消費:「ポケモンパン」のようなリニューアル商品への熱狂的支持
韓国で90年代に生まれた20〜30代の若者が子どもの頃によく食べていた『ポケモンパン』が、2022年に再びリニューアルされたことは、ファンダム経済の本質です。2022年2月の発売以来、開店前を顧客が待つ状況が約6か月以上続いており、パンを原因とする事件や事故が発生し、全国で希少性や問題が発生しています。
推し消費の心理的要因
MZ世代の推し消費行動の背景には、以下のような心理的要因があります:
- アイデンティティの表現:推しを通じて自分の価値観や個性を表現する
- コミュニティへの帰属意識:同じ推しを持つファン同士の連帯感
- ストレス解消と幸福感:「推し活」による充実感や達成感
- 社会的孤立感の緩和:単身世帯の増加やデジタル社会における新たな繋がり方
「APACのZ世代にとって、ファンダムは単なる趣味ではありません。APACの若者の圧倒的多数が、ファンダムは楽しみ、世の中の雑音を消し、悪いニュースから逃れる手段だと答えています」出典:WGSN
日本企業のための韓国市場参入戦略
ファンダムエコノミーを活用したマーケティング戦略
日本企業が韓国のファンダムエコノミーを活用するための戦略として、以下が挙げられます:
- K-POP関連コラボレーション:人気アイドルグループとのコラボレーション企画
- 共感型コンテンツ制作:MZ世代の価値観に沿ったストーリーテリング
- パーソナライズされた体験提供:ファンとの繋がりを強化する参加型キャンペーン
- ファンコミュニティ向けプラットフォーム活用:Weverseなどのプラットフォームでのマーケティング展開
- 限定商品・希少性の創出:コレクション欲求を刺激する限定アイテムの展開
ブランドは、タイポップ、Cポップ、ボリウッドといった地元の音楽シーンなど、地元のファンダムを活用することで、このトレンドに働きかける必要があります。
分野別参入アプローチ
- ビューティー分野
韓国MZ世代のビューティー消費は「成分主義」と「ミニマルメイク」が共存しています。日本企業にとってのチャンスは以下の通りです:
- 日本製スキンケアの「清潔感」「信頼性」イメージを活かした低刺激・ナチュラル処方商品
- 成分に関する詳細情報(韓国語)を提供することでSNS拡散を促進
- ミニサイズ・携帯型の実用的な商品展開
- 飲食分野
韓国MZ世代は「自分のためのプチ贅沢」を重視し、少量高品質の商品を好みます:
- 地域限定性を打ち出した日本の食品(和フレーバー、地方特産品)
- カフェやベーカリーとのコラボによるテスト販売
- 韓国語パッケージと小容量のミニパック展開
- ファッション分野
「Y2K」と「ミニマル」が共存する韓国ファッション市場では:
- ユニセックス・シンプルデザインの服飾アイテム
- 素材感と着心地にこだわった高品質商品
- EC限定販売とSNS連動によるマーケティング戦略
韓国のZ世代・MZ世代を狙うには、『自分らしさ』『体験』『共感』『小さな贅沢』がキーワードになります。売るためには、ストーリーと世界観を可視化すること、SNSを起点に発見と購入までの導線を設計すること、商品そのものよりも”使う理由”を伝えることが重要です。
成功事例から学ぶポイント
韓国市場で成功した日本企業・ブランドの共通点として以下が挙げられます:
- 現地文化の深い理解:韓国のトレンドや文化的文脈を正確に把握
- ローカライゼーションの徹底:単なる翻訳を超えた現地向けのコンテンツ制作
- KOL(Key Opinion Leader)活用:現地インフルエンサーとの協働
- デジタルプラットフォームの最適活用:Instagram、YouTube、TikTokなどの効果的活用
- 共感を生むストーリーテリング:製品特性だけでなく、ブランドストーリーの訴求
韓国Z世代・MZ世代の購買までのプロセスは、SNSで知る → 比較 → 動画・レビューを見る → 購入 → SNSでシェアというサイクルが特徴的です。
影響される情報源としては、Instagram、TikTok、YouTube(特に一般人・小規模KOL)が重要であり、商品選定基準はストーリー・使用感・成分・限定性・共感できる世界観に基づいています。
今後の展望:ファンダムエコノミーの進化と新たな可能性
今後のファンダムエコノミーは、テクノロジーの進化によりさらに拡大すると予測されます:
- メタバースとの融合:バーチャル空間でのファン体験の拡張
- NFTとWeb3の活用:デジタル所有権を活用した新たなファンエンゲージメント
- AIパーソナライゼーション:個々のファン特性に合わせたカスタマイズ体験
- ライブコマース進化:ファンコミュニティを基盤とした新たな販売チャネル
。BTSのファンダムであるARMYにおけるこれらの行動の概要を知るには、ファンがデジタル技術をどのように活用して、楽曲のストリーミング再生数を増やし、投票サイトでグループに投票し、SNSでグループをプロモーションしているかを見ると良いでしょう。
ファンダムの社会的影響力の拡大
ファンダムの影響力は、消費行動を超えて社会活動や文化形成にも広がっています:
- 社会貢献活動:ファンによる寄付や社会活動の活発化
- 文化外交の担い手:韓流コンテンツの国際的普及におけるファンの役割
- 政治・社会問題への関与:社会的発言力を持つコミュニティとしての台頭
- 企業の社会的責任への影響:ファンの価値観に合わせたCSR活動の増加
近年、K-POP等のグローバルなファンダム(ファンコミュニティ)を中心に、『推し』の名義で巨額の寄付をしたり、社会変革を促すアクティビズムを展開したりする『ファン・アクティビズム』が注目されています。
日本企業への提言:長期的な市場戦略に向けて
韓国市場に参入する日本企業への長期的提言として、以下を推奨します:
- ファンエンゲージメントの継続的強化:一時的なキャンペーンではなく、長期的なファン関係構築
- 価値観の共有とブランドの誠実性:MZ世代の価値観に合致した真摯なブランド姿勢
- コミュニティ形成支援:ファン同士の繋がりを促進するプラットフォーム提供
- 双方向コミュニケーション:ファンの声を取り入れた商品開発・マーケティング
- 文化的文脈の尊重:韓国文化に対する深い理解と敬意を示すアプローチ
まとめ:ファンダムエコノミーの本質を捉えた市場戦略の構築
韓国MZ世代の「推し消費」現象とファンダムエコノミーは、単なる一過性のトレンドではなく、新たな消費文化の形成と市場構造の変革をもたらしています。この現象の本質を理解することは、韓国市場に参入する日本企業にとって不可欠です。
ファンダムエコノミーで成功するためには、製品やサービスの機能的価値だけでなく、ファンとの情緒的つながりを構築し、彼らの自己表現やコミュニティ帰属の欲求を満たす体験を提供することが重要です。
世界が目まぐるしく変化し、予測がつかず、対応が急務となっている今、Appleの例を見ると、ファンダム経済をどう捉え、それを会社や製品にどう適用できるかを考えさせられます。今こそ、よくできた製品よりも、愛される製品を考えるときです。
日本企業が韓国市場で成功するには、MZ世代の価値観を深く理解し、彼らの情熱と繋がるポイントを見出すことが鍵となります。ファンダムエコノミーは、単に愛されるブランドを目指すだけでなく、消費者との深い関係性を構築する新たなビジネスモデルへの転換を示唆しています。
この記事を通じて得た知見を活かし、韓国MZ世代の心をつかむ製品・サービス開発とマーケティング戦略の構築に取り組んでいただければ幸いです。
参照ソース
- 今、真のファンダム経済時代です。 – KORIT https://www.korit.jp/special/korea-now-latest-report/insighits_parkjyungyoung_fandom/
- 推し活人口は1384万人、市場規模は3兆5千億円に! – CDG推し活総研 https://www.cdg.co.jp/推し活総研/3725/
- 韓国Z世代・MZ世代の最新ハマりトレンド2025|消費行動と特徴徹底分析 – SSマーケティンググループ https://note.com/ssmarketinggroup/n/n831a598ef4da
- ミレニアル世代&Z世代=MZ世代!韓国では一般的な世代名 – トランスコスモス https://www.trans.co.jp/column/knowledge/mz_generation/
- なぜファンダム文化がアジアのZ世代を取り込む新たな鍵となるのか? – WGSN https://www.wgsn.com/jp/blogs/why-fandom-culture-new-key-winning-over-asias-gen-z
- K-POPファンなら必須…規模の大きくなる”ファンダム経済” – WoW!Korea https://news.infoseek.co.jp/article/wowkorea_486898/
- 東方神起80万ファンクラブ「カシオペア」パニック状態 – 中央日報 https://japanese.joins.com/JArticle/118704?sectcode=720&servcode=700
- BTSオンライン公演 史上最多の75万人が同時視聴 – 聯合ニュース https://jp.yna.co.kr/view/AJP20200615001300882
- ファンアクティビズムについて – owls-cg https://www.owls-cg.com/report/2024/09/13/3583/
- BTS”ファンダム経済”解説 – note https://note.com/musicmarketing/n/n1683349dcee3