なぜ韓国の若者は熱狂するのか?K-POPに学ぶ「ファンダム・ビルディング」

世界の音楽市場で圧倒的な存在感を示すK-POP。BTSは2019年にビルボード200チャートで年間3枚のアルバムをトップに送り込み、ザ・ビートルズとザ・モンキーズに続く50年ぶりの快挙を成し遂げました。この驚異的な成功の背景には、従来のマーケティング手法を覆す「ファンダム・ビルディング」という戦略が存在します。

 

本記事では、K-POPアーティストが構築した熱狂的なファンコミュニティの仕組みを解き明かし、日本企業が韓国市場攻略に活用できる実践的なインサイトを提供します。

 

K-POPファンダムの驚異的な経済インパクト

K-POPのファンダムは単なる音楽ファンの集まりではなく、巨大な経済効果を生み出す強力なエンジンとなっています。

韓国現代経済研究院の2018年の報告によれば、BTSの経済効果は年間約5兆ウォン、日本円にして約4,500億円に達すると試算されました。さらに2020年には、韓国文化体育観光部が「BTSの活動による韓国経済への影響は年間約7兆ウォン」と発表し、その規模が拡大し続けていることが明らかになりました。この数字は、2018年平昌冬季オリンピックが10年間で生み出すと予測される経済効果を、BTSが単独で上回る可能性があることを示しています。

 

韓国のコンテンツ産業全体を見ても、2022年の輸出額は前年比6.3パーセント増の132億4,300万ドルに達し、過去最高を記録しています。この成長の中核を担っているのが、ファンダムの存在です。ファンダムは単にコンテンツを消費するだけでなく、積極的にアーティストの成功に貢献する「共同制作者」としての役割を果たしています。

 

BTSのファンダムである「ARMY」は、世界中で1億人を超えるメンバーを擁し、その影響力は音楽チャートだけでなく、SNSのトレンド、広告市場、さらには社会問題への関心喚起にまで及んでいます。2021年3月には、BTSが韓国のテレビ番組に出演する際、ARMYが番組の全広告枠を購入し、一切の中断なしでメンバーの出演を視聴できるようにするという前例のない行動を取りました。

 

ハーバード・ビジネス・スクールが注目したBTSの5つの戦略

ハーバード・ビジネス・スクールのダグ・チュン准教授とケイ・クー研究員は、ケーススタディ「BTS and ARMY」の中で、BTSとその所属事務所Hybe(旧Big Hit Entertainment)が実践した5つの戦略的アプローチを明らかにしました。これらの戦略は、ファンダム構築の成功モデルとして、多くの企業が参考にすべき要素を含んでいます。

 

戦略1:社会的良心の表明

BTSは、デビュー当初から社会問題にコミットしたメッセージを発信し続けてきました。

初期の3枚のアルバムでは10代の若者が直面する試練や苦悩をテーマにし、その後も精神的健康、経済的不平等、社会正義の必要性といったテーマに取り組んできました。音楽活動以外でも、UNICEFとのパートナーシップ、Black Lives Matter運動への100万ドルの寄付、COVID-19救済活動への支援など、具体的な社会貢献活動を展開しています。

 

この戦略が効果的なのは、ファンに対して単なるエンターテインメント以上の価値を提供しているからです。ファンはBTSを応援することで、社会的意義のある活動に参加しているという実感を得ることができます。

 

戦略2:コンテンツエコシステムの構築

Hybeは、音楽だけでなく、マーベル・コミックスのスタイルに倣った「BTS Universe」を創造しました。メンバーのジンがタイムトラベルをして仲間を救うという設定のストーリーは、相互に関連する音楽、ミュージックビデオ、週刊ウェブコミック、小説、関連ウェブサイトへと展開されています。

 

このマルチプラットフォーム戦略により、ファンは音楽を聴くだけでなく、物語の世界に没入し、さまざまなタッチポイントでBTSと接点を持つことができます。コンテンツの多様化は、ファンのエンゲージメントを深め、ファンダムの持続性を高める重要な要素となっています。

 

戦略3:チームとしての結束維持

多くの韓国のアイドルグループがソロ活動やサブユニットに分裂していく中、BTSはグループとしての一体性を保ち続けてきました。メンバー同士の良好な関係性は広く知られており、2022年の活動休止まで、音楽リリースは常にグループとして行われてきました。

 

この戦略は、ファンに対して安定性と信頼性を提供します。ファンは個々のメンバーだけでなく、グループ全体の成功を応援することができ、コミュニティとしての一体感が生まれやすくなります。

 

戦略4:過度な管理の回避

一部の韓国の事務所がアイドルの携帯電話使用を禁止したり、恋愛禁止条項を設けたりする中、Hybeの創業者シ・ヒョク・バンは、より自由度の高いアプローチを採用しました。彼は、アイドルも人間であり、その個性を作品に反映させることでファンとより深くつながることができると信じていました。

 

BTSの契約は他のK-POPグループと比較して制約が少なく、メンバーはSNSでファンと交流し、スターダムのプレッシャーについてオープンに語ることが許されています。この真正性が、ファンとの信頼関係を構築する基盤となっています。

 

戦略5:ファンとの直接コミュニケーション

Hybeは独自のプラットフォーム「Weverse」を開発しました。このプラットフォームでは、ファンがグッズを購入し、パフォーマンスを視聴し、他のファンとつながることができます。しかし最も重要なのは、BTSのメンバーがファンと直接コミュニケーションできる機能です。

 

メンバーは頻繁にWeverseを訪れ、ARMYの投稿に返信したり、自らメッセージを発信したりしています。この双方向のコミュニケーションは、ファンに「自分たちが認識されている」という感覚を与え、ファンダムの忠誠心を高める重要な要素となっています。

 

K-POPファンダムを動かす「5つのバリアフリー」

ライターの田中絵里菜氏は、著書「K-POPはなぜ世界を熱くするのか」の中で、K-POPが世界中で熱狂的に支持される理由を「5つのバリアフリー」として整理しています。この分析は、ファンを飽きさせないK-POP独自の供給戦略を理解する上で重要な視点を提供します。

 

第一に「お金のバリアフリー」です。K-POPコンテンツの多くは無料で提供されています。YouTubeでのミュージックビデオ公開、Spotifyなどのストリーミングサービス、さらにはWeverseなどのプラットフォームでの無料コンテンツにより、経済的な制約なくファンになることができます。

 

第二に「時間のバリアフリー」があります。K-POPアーティストは驚異的な量のコンテンツを供給し続けます。新曲のリリース、バラエティ番組への出演、SNSでの日常的な投稿など、ファンを飽きさせない工夫が徹底されています。

 

第三に「距離のバリアフリー」です。パンデミック以前から、K-POP業界はデジタル技術を活用したバーチャルコンサートやオンラインファンミーティングを展開してきました。KisweによるBTSのバーチャルコンサート「MAP OF THE SOUL ON:E」は、世界191カ国から約100万人のファンが視聴し、地理的制約を超えたファン体験を実現しました。

 

第四に「言語のバリアフリー」です。K-POPの楽曲は韓国語が中心ですが、キャッチーなメロディーとビジュアル重視のパフォーマンスにより、言語の壁を越えて伝わります。さらに、多くのコンテンツには多言語字幕が用意され、グローバルなファンベースへの配慮が行き届いています。

 

第五に「制約のバリアフリー」があります。K-POPのファン活動には、参加方法の制約がほとんどありません。SNSでの応援、ストリーミング再生、投票への参加など、それぞれのファンが自分のペースと方法でアーティストを応援できる仕組みが整っています。

 

ファンを「共同制作者」に変えるマーケティング手法

K-POPのファンダム・ビルディングで特筆すべきは、ファンを受動的な消費者から能動的な「共同制作者」へと変革させる手法です。

 

音楽アルバムのマーケティングにおいて、K-POPは独特のアプローチを採用しています。カムバック(新曲リリース)に合わせて、ファンはアルバムを複数枚購入し、音楽番組での投票に参加し、SNSでハッシュタグキャンペーンを展開します。International Journal of Marketing and Digital Creativeに掲載された研究によれば、K-POPファンダムの活動は、単なるマーケティングのターゲットではなく、アルバム販売を促進する積極的なプロモーターとしての役割を果たしています。

 

BTSの新曲「Boy with Luv」のミュージックビデオは、リリースから24時間以内に7,500万回再生されました。この記録的な再生数の背景には、ARMYメンバーの組織的なストリーミング活動があります。あるARMYメンバーは「私は古い携帯電話や家族の携帯電話をすべて起動して曲をストリーミングしました。BTSと私は切り離せない存在だと感じたので、彼らの成功のためにさらに努力しました」と語っています。

 

この「参加型文化」は、ヘンリー・ジェンキンスの理論に合致しています。ファンとアイドルの間には「疑似社会的関係」が形成され、ファンは自分がアーティストの成功に直接貢献していると感じることができます。この心理的報酬が、ファンダムの持続的なエンゲージメントを支えているのです。

 

グローバル企業が学ぶファンダム活用戦略

K-POPファンダムの影響力は、エンターテインメント業界を超えて、一般企業のマーケティング戦略にも応用され始めています。

 

マクドナルドは2021年にBTSとのコラボレーション「BTS Meal」を実施し、大きな成功を収めました。このキャンペーンは、アプリのインストール数を増加させ、1日あたりのアクティブユーザー数を増やし、数百万のインプレッションを獲得しました。

 

さらに2025年9月には、マクドナルドとIW Groupが協力して、ロサンゼルスで「TinyTAN Happy Meal Magic Meet-Up」を開催しました。TinyTANはBTSメンバーのアニメーションキャラクターで、このイベントには3,000人以上のファンが参加し、年齢層も幅広く、K-POPファンだけでなく一般消費者にもリーチすることに成功しました。

 

マクドナルドのキャンペーン担当マネージャー、ベッツィ・ロッツピーチ氏は「このアクティベーションは食べ物だけではなく、帰属意識についてのものでした。ファンは交流し、創造し、対面で魔法のような瞬間を共有することができました」と述べています。

IW Groupのチーフ・クリエイティブ・イノベーション・オフィサー、テリー・ウォン氏は「K-POPファンダムを際立たせているのは、オンラインコミュニティの広大さだけでなく、彼らがオンラインでの影響力を現実世界の体験に転換できる能力です。BTSのARMYが何かを支持すると、実際に現実世界で影響が見られます。それは単なるSNS上のおしゃべりではありません」と指摘しています。

 

日本のブランドでも、K-POPファンダムを活用した成功事例が生まれています。オーディション番組「Girls Planet 999」や「I-LAND2」を配信したABEMAは、リアルF1層のプランナーを起用し、ターゲット層に響く編成戦略とSNSマーケティングを展開しました。韓国ドラマの全話無料配信、ジャンル別チャンネルの増設、TikTokやX(旧Twitter)でのファン討論文化を意識した投稿など、多角的なアプローチにより、視聴者数を大幅に増加させることに成功しています。

 

日本企業が韓国市場で実践すべき3つのポイント

韓国市場への進出を検討する日本企業にとって、K-POPのファンダム・ビルディング戦略から学べる教訓は数多くあります。

 

ポイント1:真正性とストーリーの重要性

K-POPアーティストが社会的メッセージを発信し、一貫したストーリーを展開しているように、企業もブランドの価値観を明確に表明し、消費者と共感できるストーリーを構築する必要があります。単なる製品の機能訴求ではなく、消費者の生活や価値観にどのように貢献するかを示すことが重要です。

 

BTSが10代の悩みや社会正義といったテーマを一貫して扱ってきたように、企業も自社のブランドが何を代表し、どのような価値を社会に提供するのかを明確に示すべきです。消費者は単に製品を購入するのではなく、その背後にある価値観に共感して選択する時代になっています。

 

ポイント2:双方向コミュニケーションの構築

BTSがWeverseでファンと直接対話しているように、企業も消費者との双方向の関係を築く必要があります。韓国では、企業がSNSで消費者の声に迅速に反応し、フィードバックを製品開発に反映させることが期待されています。韓国のインフルエンサーマーケティング市場は2025年に急成長しており、インフルエンサーやマイクロインフルエンサーとの協業により、消費者に近い距離でコミュニケーションを取ることが効果的です。

 

韓国市場では、企業からの一方的な情報発信ではなく、消費者との対話を通じてブランドを共創していく姿勢が求められます。SNSでの迅速な応答、ユーザーの声を取り入れた製品改善、コミュニティイベントの開催など、消費者と密接につながる施策が重要です。

 

 ポイント3:ファンを共同制作者として位置づける

K-POPファンダムがアーティストの成功に積極的に貢献しているように、企業も消費者を単なる購買者ではなく、ブランド構築のパートナーとして扱うべきです。ユーザー生成コンテンツの奨励、アンバサダープログラムの導入、コミュニティイベントの開催など、消費者が能動的に参加できる仕組みを設計することが重要です。

 

韓国市場では、スピード感も重要な要素です。韓国のマーケティングは「体験」「SNS映え」「拡散性」に優れており、トレンドの変化が非常に速いことが特徴です。日本企業が持つ「品質」「誠実な情報提供」「長期的な関係構築」という強みを活かしつつ、韓国市場特有のスピード感とダイナミズムに対応する柔軟性が求められます。

 

変化し続けることの重要性

ハーバード・ビジネス・スクールのチュン准教授は、BTSが2022年に活動休止を発表し、メンバーが個々のキャリアに集中することを決めたことについて「これは彼らの旅の次のステップに過ぎません」と述べています。

「彼らは進化し続けています。これは第二の波です」とクー研究員は指摘します。成功したビジネス戦略の一部は、現状に満足せず、常に自己に挑戦し、市場トレンドに合わせてイノベーションを続けることです。

 

チュン准教授は、かつて市場リーダーだったイーストマン・コダックが、デジタルカメラの技術を持っていたにもかかわらずフィルムに固執した例と、同じく市場リーダーだったマイクロソフトが積極的に変化を求め、クラウドに投資することで自己を再発明した例を対比させています。

 

「BTSは差別化を図っています。彼らは何か別のことを試しています。彼らは満足していません。もっと求めています。もっと貪欲です」とチュン准教授は語ります。「ビジネスは常に関心の対象を変化させています。成功する企業は、時代とともに常に変化し、変革し続けています」

 

この教訓は、韓国市場に進出する日本企業にとっても重要です。一度の成功に満足せず、消費者のニーズの変化、デジタル技術の進化、社会トレンドの変遷に敏感に反応し、継続的にマーケティング戦略をアップデートしていく姿勢が不可欠です。

 

実践への第一歩

K-POPのファンダム・ビルディング戦略は、単なるエンターテインメント業界の現象ではなく、現代マーケティングにおける顧客エンゲージメントの本質を示しています。

 

韓国市場への進出を検討する日本企業の担当者は、まず自社のターゲット顧客層を明確に定義し、その顧客層がどのようなコミュニティを形成しているかを理解することから始めるべきです。次に、顧客との双方向コミュニケーションのチャネルを確立し、顧客が能動的に参加できる仕組みを設計します。そして、ブランドの価値観とストーリーを一貫して発信し、顧客との長期的な関係を構築していきます。

 

韓国市場は、デジタルインフラが高度に発達し、消費者のSNS利用率が非常に高く、トレンドの変化が速いという特徴があります。しかし同時に、真正性のあるブランドと深い関係を築きたいという欲求も強い市場です。K-POPのファンダム・ビルディング戦略が示すように、消費者を単なるターゲットではなく、パートナーとして尊重し、彼らの情熱とエネルギーをブランド構築に活かすアプローチが、韓国市場での成功への鍵となります。

 

本記事で紹介した戦略と事例を参考に、自社のビジネスに適用できる要素を見つけ、実践に移すことで、韓国市場における競争優位性を築くことができるでしょう。ファンダムの力を理解し、活用することが、これからのグローバルマーケティングにおける重要な成功要因となることは間違いありません。

 

韓国市場に挑戦する第一歩として、自社の製品やサービスがどのようなコミュニティを形成できるか、顧客との対話をどのように深めるか、そして顧客をブランドの共創者としてどう位置づけるかを検討してみてください。K-POPが示した「ファンダム・ビルディング」の原則は、業界や商品カテゴリーを超えて応用可能な普遍的なマーケティングの知恵なのです。


参照

Building an “ARMY” of Fans: Marketing Lessons from K-Pop Sensation BTS – Harvard Business School Working Knowledge
https://hbswk.hbs.edu/item/building-an-army-of-fans-marketing-lessons-from-kpop-sensation-bts

世界が熱狂するK-POPの快進撃。「ファンダム」から読み解くマーケティングとは? – Forbes JAPAN
https://forbesjapan.com/articles/detail/45159

「なぜK-POPは世界的ヒットを連発できるのか」韓流アイドルが熱狂を生む5つの理由

ファンを飽きさせない供給量の多さ – PRESIDENT Online
https://president.jp/articles/-/47535

「韓国コンテンツ」はなぜ若者にウケる?リアルF1プランナーが注目する”推し文化”を意識した仕掛け – ABEMA TIMES
https://times.abema.tv/visions/articles/-/10137922

How McDonald’s turned K-pop fandom into a mass-market cultural play – Marketing Dive
https://www.marketingdive.com/news/how-mcdonalds-turned-k-pop-fandom-into-a-mass-market-cultural-play/804573/

Marketing Communication Success Through Fandom Activities in the Music Industry K-Pop Fandom Case Study – International Journal of Marketing and Digital Creative
https://journals.researchsynergypress.com/index.php/ijmadic/article/view/3628